ホーム > 八重瀬町の紹介

八重瀬町の誕生
 平成18年1月1日、東風平町と具志頭村が 合併し「八重瀬町」として生まれ変わりました。
 東風平町と具志頭村は明治41年(西暦1908八年)の沖縄県島嶼町村制度に基づき「東風平村」「具志頭村」として誕生し、幾多の歴史を 刻み、発展してきました。
 八重瀬町誕生にともない、両町村は長い歴史に 幕を閉じ、これから「八重瀬町」として新たな歴 史を刻んでいきます。
 「大地の活力とうまんちゅの魂が創り出す 自然共生清らまち」 を将来像として、 新生「八重瀬町」をみんなの手で創っていきま しょう!

八重瀬町のPR

 八重瀬町は、沖縄本島南端に位置し、肥沃な土壌を活かした農業が盛んで、サトウキビ・ピーマン・レタス・ゴーヤ−・オクラ・紅いも・洋ラン・小菊・マンゴー・ドラゴンフルーツなど、彩り鮮やかな作物が数多く生産されており、養豚・酪農も盛んに行われています。また、太平洋に面していることから海の幸も豊富です。近年は、地ビール・泡盛・黒糖・染物・加工食の生産など商工業にも活気付いております。
 獅子舞・綱引き・棒術・エイサー・港川ハーレー(爬龍船競漕)など、多くの伝統芸能が継承されていることと、沖縄の自由民権運動の父「謝花昇」・勤労の喜びを謡った「汗水節」・日本最古の人骨化石「港川人」・県内最大・最古を誇る「富盛の石彫大獅子」などがまちの自慢です。
 


町名について
新生「八重瀬町」の命名について
 合併協議会に「新町名称候補選定委員会」を設置し、平成16年12月10日〜翌年1月10日の期間で一般公募を行いました。
 県内外から662点の応募があり、27点は期間外などの理由から無効となり、名称候補総数635点(444種類)が集まりました。
 
  多数の応募から選ばれた「八重瀬町」の選定理由として
  1、両町村にまたがり続く八重瀬岳は、島尻のシンボル的な存在であり、地理的に分かりやすい。
  1、遺跡・史跡・自然・桜など、地域のアピール力がある。
  1、互いに身近な存在であり、知名度もあり、響きも良い。
                           ことを理由として選ばれました。
 
 八重瀬の「八重」はいくつにも重なっていることを意味し、「八」は末広がりで幸せが幾重にも重なり、「瀬」は物事に出会う時の意味があり、両町村の合併は八重に出会う絶好のタイミングでした。
 八重瀬には、幾重にも重なった人々の繁栄と末広がりの発展性のある町のイメージがあり、それが八重に続くことが願われています。
    
選定の理由として掲げられた八重瀬岳(05/12/19撮影)
 

町章

 八重瀬町の町章デザインは、県内・県外・国外に広く公募を行い、41都道府県から904作品の応募をいただきました。誠に誠にありがとうございました。
 八重瀬町町章・町花等検討委員会で選考した結果、北海道札幌市から応募いただきました中村優美(なかむらゆみ)さんの作品を八重瀬町の町章デザインとして決定しました。

○町章の意味
 八重瀬町の頭文字「八」を八重瀬岳に見立て、鮮やかな緑色で「大地の活力」を表現し、中心の「丸」は、融和をもってまちづくりに取り組む町民の心を、明るく温かみのあるオレンジ色で「うまんちゅの魂」を、さらに「水色の部分」は、八重瀬岳のふもとで繁栄する「自然と共生する清らまち」八重瀬町を表現しています。

 

※用語説明
「八重瀬岳」/町名の命名理由にも掲げられた八重瀬岳(標高163m)は、合併前の旧東風平町と旧具志頭村にまたがっています。

「大地の活力」/生産活動の基礎を築く土地や、まちの基幹産業である農業に欠かすことのできない土地の地力

「うまんちゅの魂」/万人(ばんにん)の魂⇔そこに暮らすすべての人々の気力

「清らまち」/清ら(ちゅら)まち⇔清らかで美しいまち
 

町の花・木・花木・魚
これから選定してまいります。

町民憲章
これから選定してまいります。